パークスロープにて、後半

金曜日の昼下がり、騒音を気にしてか密室になっている蒸し風呂の
ような部屋にて黒人の民族音楽と彼の歌が流れてきます。3曲、4曲
と流れるようなメロディー、情緒豊かな詩が一室にこだまします。
5曲目に入る瞬間、非礼詫びて退散しようと後方の女王を見ますと
詩に感動してか薄ら涙を浮かべております。

「それでは帰ります」

っと云うすべがなくなった、瞬間なのです。
こうなれば腹をくくらなければなりません、リサイタルが終るまで
辛抱なのです。5曲目が終わり、黒人のおっちゃんが気を利かしてを(いらん気)
何か日本の歌を誰か歌ってくれませんかと我々にリクエストを求めます。
その瞬間、加世田座長とワタクシの目線が合致しあい、「お前がいけ」と
無言の重圧を掛け合うのですが、ここは舞台役者の加世田君が生け贄に
選ばれるのございました、ひさしぶりに座長のアカペラを聞くのです。

「島唄〜は風に乗り〜」

ワタクシのはにかんだ顔が苦痛で歪みます、笑いをこらえているのです。
誤解していただいては困りますが、座長は決して歌が下手ではありません
舞台仕込みのバリトンの効いた声はそこらへんの歌手よりよっぽど上手で
ございますが、ニューヨークのBrooklynの密室で汗だくの黒人のおっちゃんの
リズムに乗せられ無理矢理「島唄」を歌う加世田座長、それを固唾を飲んで
見守る女王、ちょっとやそっとではそんな状況を持っていけません。
時間は明らかに3時15分を過ぎてワタクシの武術講師は遅刻で気持ちは
あとは野となれ山となれ、と思っているところでアカペラの島唄と即興で
のリズム、無茶なリズムをねじ伏せて歌う島唄に望郷の思いは届きません。
むしろ時間的猶予のない悲劇的な状況を通りこし場面は滑稽模様なのです。

こらえにこらえた「島唄」が終わり、じゃあ最後の曲をとまた曲が流れます
サビの箇所に入り黒人のおっさんが「さあ、みんなでえ」サビの合唱で
ございます、このときほど「おっさんええかげんにせえよ」っと思った
ことはありません。

「すいませんです、少しおくれます」っとリサイタルの後に
生徒に連絡を入れ猛ダッシュで駅まで走ります。
この年になっても本当にあやまってばっかりなのです。

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